10月26日に行われた格闘技イベント「K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL」(長いよ!!)で行われた、武田幸三vsアルバート・クラウス戦を裁いた角田信朗レフェリーに、3カ月の業務停止処分が下されたそうだ。
13日に行われた、大成敦K-1ルールディレクターの会見によると、「レフェリーの判断したダメージと、視聴者の判断したダメージとの間に、乖離・隔たりが大きく、混乱をきたした為」の処分なのだそうだ。
(但し、あくまでも角田レフェリーからの活動自粛を申し入れ、それを受け入れる形での処分)
この試合は、武田さんの引退試合(2R2分19秒、ドクターストップによるTKO負け)で、僕も見たのだけれど、この処分の意味が良く分からない。
「混乱をきたした」とあるけれど、試合の中で特に混乱があったようには、個人的には全く感じなかった。
(但し、TV中継と言う事で、編集・カットされていた可能性もある)
試合内容を、僕の見た感じで整理すると、
①武田さんが左上をカット(切れる)し、出血
②しばらくは続行していたけれど、フラついている様子を見て、角田レフェリーが試合を中断
③リングドクターの判断(恐らく、カットが深すぎた為)で、試合終了
と言った感じで、ダメージの判断(試合中断のタイミング)は、少なくとも視聴者である僕と、それ程の隔たりは無かったと思う。
何より根本的な話として、レフェリーはリングの上で絶対の権限を持つ(しかも、一番近くで見ている)訳だから、ダメージに関して言えば、視聴者は全く関係が無いはずだ。
(極論を言えば、視聴者は素人で、レフェリーは玄人な訳だし)
ただ、角田レフェリーが正確なレフェリングをしていたかと言うと、疑問は残る。
試合中、クラウス選手の攻撃を受けた後に、武田さんが倒れるシーンが何回かあった・・・これは普通、「ダウン」なのだけれど、ほとんど「スリップ」(滑ったり、バランスを崩して転んだ=ダウンにならない)にしていたからだ。
レフェリー(審判)も人間だから、ミスジャッジはあるし、それもスポーツの面白さの一つとして、理解しているつもりだ。
勿論、試合を裁く事で、盛り上げる要素も無視出来ない・・・「名物レフェリー」なんて言葉は、そうで無ければ生まれない。
しかし、僕が疑問に思ったのは、そこでは無い・・・これは「本当にミスジャッジだったのか?」と言う事だ。
僕には、角田レフェリーが、(ミスジャッジでは無く)意図的にダウンを取らないように見えた。
もしそうなら、余りにも危険な行為だ。
ダウンはカウントを取って間を空け、試合続行が可能か(意識の有無を含めて)確認するけれど、スリップであれば、それが無い。
倒れた本人が意識の無い状態で試合を再開すれば、無防備に攻撃を受ける可能性が大きい・・・これは選手の生命に関わる重大な問題だ。
逆に言えば、それを防ぐ事が可能なのは、レフェリーだけなのだ。
選手経験者の角田レフェリーに、それが分からない訳が無いだろうに・・・。
(むしろ選手経験があったからこそ、引退試合だから、出来るだけ闘わせてあげたいと思ったのだろうか?)
穿った見方をすれば、今回の本質は、こちらにあったように思える・・・以下は仮定の話になるけれど、そう考えれば、角田レフェリー本人の活動自粛の申し入れにも、納得がいく。
K-1は、余りにも実力が違う人間同士のマッチメイクや、ジャッジ(判定)の偏り等、大会のプロデュース全般として「こう言う展開になって欲しい」と言う考えが、結構透けて見える。
(トーナメントを選手に選ばせるシステムなんて、愚の骨頂だ)
最終的な勝敗が演出出来ない中、そうした事で出来るだけコントロールさせたい気持ちは理解出来るし、仕方の無い部分もある。
プロスポーツの基本は「興行」(=見せ物)だからだ。
ただ今回の事は、(仮定の話が本当であれば)その範疇を越えている。
情であれ何であれ・・・どんな理由があったにしても、意図的なレフェリングと言う物があったとしたら、それは「八百長」だ。
そうで無い事を望んでいるし、願いたい。
追記:この件に関して、当事者である角田信朗レフェリーと、武田幸三さんが、ブログでそれぞれ説明や所感を書いている。
(名前の所に、リンクを張っておきました)
これらを読むと、上記で言う所の②が、視聴者的な問題になっていたようだ。
(=角田レフェリーの止めるのが遅かったのでは無いか?と言う事)
であれば、僕の意見は上記した通り・・・止めるタイミングは間違っていなかったと思っている。
竹田さん本人からも、これに関しては納得しているコメントがあるので、それで良いと思う。
但し、僕が書いた問題の本質は(上記したように)そこでは無い・・・と言うか、疑問はより深まった。
レフェリーが選手に肩入れしてレフェリングするような事は、決してあってはならないと思う。
角田レフェリーが書いたように「確固たる信念と経験に基づいたものであるという自負」があったとしたら、尚更だ。
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